―――世界は平等なんかじゃない。
公平で完全なシステムなんて、ニンゲンには決して作れないから。
差別と区別と理不尽と、言葉だけの理想と空っぽの理念がまじりあった泥の街。
それが世界。
それがニンゲンに作れるシステムの本質で、限界なのだ………
―――六月二十七日 天津邸―――
梅雨の明けた空気は、どこか浮ついているみたいで気持ちよかった。
もうすぐ暦も夏の数字へと変わる。
今年の夏は、何かありそうで個人的にも楽しみにしていた。
「翠碕」
「はい、何でしょう? お嬢様」
「ドレスを直しておいて欲しいんだけど」
「どのドレスでしょうか?」
「私が着るドレスなんて、一着しかないでしょ? 観客のいない秘密のパーティで踊るための、“あれ”しか私は着ないもの。特別な服なんて」
それはただのドレスではない。特別な時にしか着ない特別な服。
別にアクシデントがあったワケではなく、たんに訓練―――というべき日課で、少々負荷をかけすぎてしまったのだ。
特別製のドレスとはいえ、所詮はただの物質で作られた物にすぎない。当然、その耐久性は【魔葬】なんかとは比べものにもならない。
「お急ぎであれば、今日中に修復しておきますが?」
「ううん。当分は使わないからいいわ。その代わり、ていねいに直してね。お気に入りなの。あのドレスは」
「かしこまりました」
有能で信頼できる私の執事は、うやうやしく頭を下げると私のオーダーを受領した。
遙か太古から、「ソレ」は存在している。
普通の人類とは異なるルーツを持った人間―――私達のような特殊な人間が存在するように、そのルーツそのものが、今なお生き続ける「彼等」という存在だった。
人は彼等を【悪魔】と呼んだ。
私達は彼等を【カグロイ】と呼ぶ。
そして彼等は私達を【エンジャ】とさげすんだ。
彼等は人知れず、この世界のいたる所に存在している。
どこにでもある灰色の汚れた街のどこかに。
誰も知らないけがれた山脈に。
暗く冷たい、音のつぶれた海の底に。
それこそ彼等は「どこにでも」存在する。
彼等には、国境も境界もない。文字通り、どこであろうと生存出来る。
超越者。そう呼ぶべき脅威の生命体。それが「彼等」。