―――私は、平凡の価値を知っている。
非凡であるという事は、いわば、針の振り切れたメーターのようなものなのだ。
それは「価値」ではなく、もはや「悲劇」でしかない。
定義できないモノはみな、危険指数と変わらない。
非凡であるという事は、我慢をしないという事。
忍耐を拒む事。
けれどそれは、ただのわがままで、独りよがりな逃避に過ぎないという事でもある………
―――六月二十三日 北城宗家―――
「未空ちゃん」
その呼び方で、相手が誰なのかすぐにわかった。
「鞆絵―――、アナタもこっちに来てたのね」
友人で同輩で同僚でもある法条鞆絵は、いつもとは違った地味目な格好で、私に向かって小さく手を振っていた。
学園では、もっと気さくに振る舞う彼女だが、ここは少し特別な場所だった。
北城宗家。
私や鞆絵が「所属」している組織の総本山。
例えるなら、ここは裁判所や警察署のような、独特の空気の漂う場所だった。
―――いや、それよりもむしろ、刑務所のような「非日常的な空気」の存在する場所とでも言った方がいいかも知れない。
かくいう私も、白嶺学園での教師の時とは、少し違った格好をしている。
少しラフめで、動きやすい―――戦闘になっても困らないような服装をしていた。
ここは、そういう場所なのだ。
なぜならば、ここは大っぴらには喧伝できない【秘密結社】で、私達はその組織構成員なのだから。
「ちょっと、調子が悪くってね。私のホウキ。おかげで、この間の仕事の時は、ホントに死にそうになったし……」
細長い、何か棒状の物が入っている丈夫なケースの中身を指して、鞆絵が苦笑いする。
中身はきっと、彼女の持ち物―――【魔葬】だ。
その証拠に、私の内側に、少しひずんだ「音」が響いていた。
調律が狂っている。
というより、きちんとチューニングしないで使い続けているのだろう。
「…調律してあげようか? ちょっと時間かかるけど」
「ホント?」
「丁度、頼まれてた分が終わって、その報告に来たトコだし。また新しい分頼まれるかも知れないけど、その時は鞆絵のを優先してあげるけど?」
「それじゃあ、お願いしちゃおっかな。ホントに、イイの?」
「ま、これが私の今の仕事だしね」
あきらめ混じりにそう言うと、鞆絵は少し嬉しそうに笑った。
学園では、見せないような顔。
彼女も私も、ここに来ると教師とは別の顔になる。
本来の、私達の顔になるのだ。
「あ、そう言えば、聞いた?」
「何が?」
「圭司クン、今こっちに戻ってるんだって。何か、近々大きな仕事があるみたい」
「………ふーん」
その名前を聞いた瞬間、生理的嫌悪で眉がぴくんと震えたが、それ以上は顔に出さなかった。
こればっかりはどうしようもない。
「でね、合コンしないかって誘われてるんだけど。未空ちゃん来る?」
「誰と?」
「だから、圭司クン達。ほら、彼のトモダチって、セレブやお金持ちが多いでしょ」
「変人ばっかりだけどね」
「美味しいお酒と、美味しいごはん、たまには誰かにおごってもらうってのも悪くないと思わない?」
「……そういう趣旨の集まりじゃないでしょ。悪いけど、そういうパートナーは欲しくないから、パス」
「つれないのね。相変わらず。まあ、きっとそう言うと思ってたけど」
「……なら、誘わないで。あの男の名前を聞くだけで、ちょっと平静じゃない気分になれるんだから。私は………」
「それ、どうにかならないの? 一応、トモダチでしょ? 大学の同期なんだし」
「関係ないわ。そういうのじゃないもの。これは血の問題だから、どうにもならないのよ。何年経とうともね」
ゆっくりと息を吐き出すと、私はにっこりとさわやかな笑顔を作って、鞆絵に念を押すことにした。
「………もしも、合コンの誘いの電話とかかけてきたら、殺すって言っておいて。今度は前と同じ程度じゃ済まさないってね」
私の言葉の真偽を知っている鞆絵は、何も答えずに苦笑を浮かべた。