魔犬モドキと遊ぶのに夢中になって、最後の一匹を殴り殺した時には、他の人形を見失ってしまっていた。
けれど、私はもう満足してしまっていて、服に血が付いていないかを気にしながら、帰る事に決めた。
残りはまた明日でイイ。
―――と、その時、不意に気付いた。
【悪魔】の臭い。
それも、おびただしい量の血臭だ。
私はそっと、空を駆けるように屋根と電信柱を伝って、臭いの場所へ向かった。
密やかに。疾く。
夜の闇を飛ぶように駆けて、あっという間にそこに着いた。
人気のない路地裏。
駅のすぐ近くなのに、誰もいない。
当然だ。
そこは「狭間」なのだから。
(…………バラバラ。誰がやったんだろう?)
原型を留めていない悪魔の死骸。
それをしばらくながめてから、すぐにそこを出た。
同業者に見つかるのも、それをやった本人に見つかるのも避けたかった。
けれど――――
「………七祇?」
思わず、心臓が押しつぶれてしまいそうだった。
目の前に、くーちゃんがいた。
誰も立ち入れない路地裏から出て、少し歩いたところで、ばったり出くわした。
くーちゃんが、私を見てる。
あのコじゃない、「私」を。
「またこっそり買い食いか? 太るぞ」
「ち、違うよ!」
「ま、いいや。何か食ってかねえ? 俺さ、晩飯まだなんだ」
「え? あ、あの……」
「昼は天龍だったから、夜は何か違うモンがいいな。ドコがイイ?」
「えう……あの…その……………くーちゃんの、好きなトコで…イイです」
「んじゃ、図書館の近くの定食屋にしよっか。ホラ、前行ったあそこ。デカ盛りの店」
「………うん。じゃ、そこで…」
話を合わせながら、私は必死に動揺を隠していた。
予想外の幸運。
こんな場所で、こんな風に彼と会うなんて、思いもしなかった。
私は彼の隣にそっと寄り添って、息を殺すようにして、彼の歩調に合わせた。
【悪魔】の血の臭いのする、彼の隣で、何も知らないような顔をして。
紅音ちゃんのフリをして、ただ微笑った。
―――私は檻の中にしかいる事を許されない花。
けれど、それが分かっていても、私はアヤマチを犯し続ける。
私はそういう人間だった。
そういう欠陥品だった………
真夜中になる前に、そっと部屋に戻った。
服は明日返そうと、キレイにたたんでタンスの一番奥にしまった。
そして、不意に足音に気付いた。
私の部屋に、誰かが近付いてくる。
良く知っている足音。
いつも、部屋の前まで来て、そしてためらうように引き返してしまう足音。
足音が、部屋の前で立ち止まる。
そして――――ノックが聞こえた。
「………お姉ちゃん。私」
あのコの声。
久しぶりに聞いたその声に、うれしくなった。
「入るね」
鍵が外れて、扉が開く。
そして、誰かが部屋の中に入ってきた
部屋の中は真っ暗で、窓にはまった格子の模様の影が、畳の上に射していた。
部屋の真ん中でたたずんでいる私に、その人影が近寄った。
私と同じ顔をした少女。
真っ赤な瞳が、私を見おろしていた。
「お帰り、紅音ちゃん………」
どこか的外れな挨拶をした私に、あのコは微笑って返事を返した。
「…ただいま、お姉ちゃん」
私と同じ声で、あのコは可愛く微笑んだ。
私と同じ、人形共の血の臭いをさせながら………………