夜になって、目が醒めた。
まだ、真夜中には程遠い。
けれど、昼間こっそり抜け出したりしたせいか、ヘンな時間に眠ってしまってもうこれ以上は眠れそうになかった。
部屋の中は真っ暗で、窓からうっすらと白い月明かりが差しこんでいた。
「……………」
最近、夜になるとうずくように欲しくなる。
刺激が。快楽が。衝撃的な感触が欲しくなる。
だから、最近は毎晩のように、抜け出していた。
今夜も――――そんな夜だった。
借りっぱなしのあのコの制服。
発覚しない内に、返しておかないといけない。
私は着物を脱いで裸になると、もう一度それに袖を通した。
(……もう一晩だけ)
もう少しだけ、借りる事に決めた。
そして、おもむろに―――――壁を引き裂いた。
物音一つ立てずに、まぶたが開くように、壁が裂けた。まるで怪物のアギトのように開いたそこから、いつものように外出した。
私が外に出ると、壁は独りでに閉じて、その痕跡さえ掻き消える。
月の光が身体にしみる。
少し、昂奮してきた。
(………そういえば、上倉桐人って…「人形」作ってたんだっけ……)
冷たい思考が、今夜の狂宴を思いつく。
私は迷わずに、彼の家に向かう事にした。
「……そう。こんなモノなんだ。ふーん…」
醜悪。あるいは粗悪。
劣悪と言ってもイイのかも知れない。
お世辞にも「美しい」とは言えない、バラバラの個体が群れなして、あっという間に私を取り囲んでいた。
上倉桐人を半ば無理矢理おどすようにして、出させた「人形」の全部。
【ニンゲンモドキ】と呼ばれるそれは、事実、元々「人間」だったモノだ。
でも、もう人間じゃない。
そういう風に「改造」されてしまったから。
もうソレはただの化け物でしかない。
(……蒴果が言ってたのって、コレの事かな?)
七祇家現当主―――私とあのコ両親代わりの女は、全て知った上であの出来損ないを飼っているフシがある。
アレがこんな不始末をしてても、知らない振りをしている。
でもきっと、コレをあのコが目にしたら、激怒するだろう。
なぜならば、この不細工な人形共は「私達」に良く似せて造られていたから。
醜悪な人形は、私を獲物と認識して、その刃を無言で向けた。
体裁きは、どことなくあのコに似てる。
手にした刀らしき鉄塊の扱いも、どことなく、彼女を彷彿とさせた。
でも、鏡を見てるような気分にはならない。
緩慢で、ところどころもたつくその動きは、彼女や―――私のそれとは、似ても似つかない。
過程というものは、一つでも欠けたら意味がない。
結果が同じならそれでイイなんて言うのは、決まって何も理解してないバカの戯言でしかない。
過程の欠けたものは、所詮「良く似た」結果にしかたどり着けない。
オリジナルと同じどころか、肩を並べるレベルにさえ行かない。
そんな手抜きがオリジナルを超えるなんて事は、有り得ない。
例えそう見えても、そう「見えた」だけにすぎない。
それがオリジナルに及んでいない事実は、何一つ変わらないのだ。
「……素手なら、五分くらい保ってくれる?」
もはや言語を解する機能すら失った肉塊に、私は問うた。
もちろん、返事は最初から期待してない。
でも――――人形達は、意外なパフォーマンスを披露してくれた。
そのカタチが、厭な音を立てて変形し始める。
どうやら、そんな機能まで持っていたらしい。
変形し始めた何体かに、私の興味は移った。
残りは、どうでもいい。
後でまとめて片付ければいい。
「邪魔…しないで」
いきなり背後から突いてきた四つの切っ先をかわして、交差したその刃先を素手でつかんで、そのままぶん投げた。
派手な音を立てて、四体の人形が地面に激突する。
やっぱり、素手でもおつりが来る。
私の薄皮一枚も切れない人形なんて、後回しでイイ。
取りあえず、面白そうなカタチに変形してく十二体の方にだけ、意識を集中させた。
残りの八体は、その機能が無いみたいだ。
きっと、別の機能でも追加するつもりだったんだろう。
「………くすくすくすくす」
思わず嗤っていた。
人狼かと思ったが、そうじゃない。これは――――「狗」だ。
「……イヌは、初めてかも――――」
虎のような大きさの魔犬。
耳まで裂けた口は醜悪で、兇悪だった。
真っ赤に染まったその目は、冷酷な鮫の眼球みたいに感情がまるで感じられない。
屍と変わりない、冷たい血の魔獣。
手にしていたはずの鉄塊は、その長くて鋭い牙と爪へと変化していた。
「…調教してあげる。おいで、わんわん……♪」
指で誘うと、狗達はあっさり同時に私めがけておどりかかった。
そして――――
私はソレを、思う存分、食い散らかした…………