―――この世界には、本当の“真実”というものは多分存在しない。
自分の知る「歴史」が真実であるなどと、一体誰が保証してくれるのだろう?
自分の知っている「情報」が、まごう事なき真実なのだと、一体何者が保証してくれるというのだろう?
真実とは、妄想に等しい。
それを真実だと思いこむ事で、それは生まれる。
だから、世界には無数の「真実」が存在する。
勝手にそう認定された真実という名の情報が、無数に存在する。人の数だけ、それは存在するのだ。
人と、私達――【悪魔】の数だけ、その幻は存在する。
私はそれを探していた。
私だけの“真実”という幻想を、多分ずっと探し続けていた………
「―――前にちゃんと会ったのって、いつだったっけ?」
いつか、かいだ記憶のある煙草の匂い。
その姿は、二百年前と全く変わっていなかった。
身につけた衣服や髪型、装飾品は変わっていても、その中身は全く変わりない。
黒髪の美しい彼女は、最後に会った時とまるで変わらない目をして、私を見下ろしていた。
凄惨なくらい、美しい彼女。
私と同じ一族の彼女は、同胞から崇拝され、そして畏怖される存在だった。
私とは対照的な人だった。
昔からキレイで、強くて、そして容赦がない。
「…相変わらず、可愛い顔してるだけの世間知らずなのね。それで“任務”なんか出来るの?」
明らかな侮蔑のふくまれた言葉。
他の同胞達と同じだ。
みんな、私には二種類の「目」と同じような「言葉」を向ける。
見下す瞳。
怖れる瞳。
そして、蔑む言葉。
唯一そうじゃなかったのは、姉だけだった。
今はもういない、あの人だけが、そうじゃなかった。
「四家議会も、もうろくしたわね。よりにもよって、こんな人形に任せるなんて…………ねえ、知ってる? 今まで一体、何人の同胞があの地で消えたのか。あの場所が、どれほど呪われた場所なのか?本当に知ってるの?」
地獄のような冷たい目をして、彼女は私に近寄った。
「ただの欠陥人形が、私達“蒼”の代表ですって? 冗談にしても笑えないわね――――」
そう言って、私の腕をはりつけにしている鉄杭の一本を、思い切り踏みつけた。
肉が潰れる音がして、大きな穴の空いた傷口から、どろっと血があふれてこぼれた。
「………ホント、可愛い顔だけね。アンタって……もう少し、悲鳴とかを上げたらどうなの?」
私の身体を穴だらけにした彼女は、不機嫌な顔で私の心臓を貫いている杭を蹴りつける。
ごぼっと口からあふれた血の塊が、地面の血溜まりに落ちて弾けた。
この拷問が始まってから、もうどれだけ経ったろうか?
この街に来て、彼女に偶然再会して、食事に誘われて――――
気付けば、この古い洋館の中で、こんな血の狂宴に付き合わされていた。
これは「闘争」なのだろうか?
少なくとも、彼女はそんな宣言はしていなかったし、私もそんなものを受諾した記憶はない。
「こんなザマで、あの方の代行ですって? 冗談じゃない―――私が、こんな腐ったニンゲン共のゴミみたいなクソ田舎で、一体どれだけ待ち焦がれていたと思ってるのかしら?」
憎悪。
これはきっと、そんな熱だ。
私の右眼を貫いた鉄杭に、血まみれの真っ赤なヒールのつま先を乗せて、美しい悪魔は嗤った。
憎しみと怒りと嗜虐と快楽。
そんなものに染まった炎のような目をして、嗤っていた。
「………議会には、私から報告しておくわ。“蒼の巫女”は、任務に失敗しました―――ってね。じゃあね、人形ちゃん」
彼女の「侵蝕」が、私の身体を侵し始める。
全身に撃ちこまれた鉄杭が、触媒となって私を侵してゆく。
悪魔を殺す悪魔。
ニンゲンと、何が違うのだろう?
屋敷の中は、いつかの魔女狩りの時代みたいに凄惨で、真っ赤に染まっていた。
私は、ゆっくりと、目を閉じた――――
―――いつからか、「夢」を視るようになった。
眼鏡をかけた知らない少年。
とても冷たい目をした人間。
けれど、どこか強烈に引き寄せられる。
まるで―――「私達」と同じ存在みたいに、地獄の果てのような目をしたその彼に、会えるような気がしていた。
だから、私はこの国へ来た。
そして、あの街へと向かったのだ………