「あん、んっ……」
獣のように荒々しく乱暴に突き上げられて、思わず声が漏れる。
約束を破ってあえぎをこぼした私の口の中に、ソラの指が入りこんだ。
その指をしゃぶるように、舌を絡みつかせると、指の根本を甘く噛む。
「先輩、声…大きすぎ」
きっと、本人にそんな気はこれっぽちもないに違いない。
けれど、耳元に唇を寄せてささやくその声は、ひどく甘く聞こえた。
昼下がりの屋上には、私達以外誰もいない。
そもそも今は授業中だ。いるはずもない。
煙草の吸い殻と、言い訳の出来ない情事。
もしも誰かに見られたら、二人ともただでは済まないだろう。
無論、そんなヘマをするほどマヌケじゃないが。
「ふぅんっ、んくっ………」
口をふさぐソラの指に、私の歯が食いこんでゆく。
何度も膣奥をえぐられるように突かれるたびに、どうしても声が漏れそうになる。
その原因を作っている本人は、わざと私の敏感な部分ばかりをえぐるように、巧みに腰を揺らし続けていた。
最近は、主導権を取られっぱなしだ。
されるのは嫌いじゃないが、すぐに快楽に溺れそうになるのは問題だった。
私とソラは、いわゆる「恋人」じゃない。
だから、あまりに傾くのは問題だ。
「ソラっ……もっと、ゆっくり…」
つながり合った部分から、こぼれた淫液がコンクリートの床を際限なく濡らしていた。
制服が汚れないように気をつけているというのに、向こうは相変わらずお構いなしに責めてくる。
誘ったのは私だった。
今日は朝から不快だったせいで、やけにしたい気分だった。
だが、主導権を取る前に、あっという間に翻弄されて―――
何とか声を噛み殺し、膣壁を擦られるたびに駆け抜ける快楽を、必死に堪える事しか出来ないのが現状だ。
「先輩、締めすぎ。そんなにきつくされると、激しくなっちゃうけど?」
「む、無茶を言うっ……な、ばかもの………んぁっ、あん、あはっっ!!」
いつもの調子で少しS気味な言葉と態度のソラは、私の許可も得ずに、また激しく突き上げ始める。
拒絶も罵倒も嗜虐も被虐も、ただの言葉遊びだ。
どうして欲しいのかも、どうしたいのかも、互いの身体がとっくに理解している。
セックスフレンドという言葉が妥当なくらい、ソラと私はこうして身体を重ねてきたのだから。
私の不快さも欲求不満な感じも、それをどうすれば解消できるのかも、ソラはとっくにお見通しだった。
時雨楚良というこのぶっきらぼうな男は、私にとって特別な友人だった。
「…そろそろ限界みたい。激しくするよ?」
言いながら、壊れるくらい激しく腰をぶつけてくるソラ。
なのに、私の口内で舌を弄ぶその指先は、どこまでも繊細で優しかった。
そのしびれそうなギャップに、その生意気な指を強く噛んでやる。
しかし、そんな事でひるむようなタマじゃない。
首筋にぞくっと快感が走ったかと思った直後、耳朶に甘噛みの感触が染みこんだ。
その感覚に、私は軽く達する。
「ば、ばかっ……耳は、ダメ……んんっ! あはっ、んんンッッ!!」
私の制止など聞く耳も持たずに、硬く尖りっぱなしの乳首をこね回される。
「ふっ、くぅんっ……んっ」
ソラが腰の動きを更に速めて、一気にスパートをかけた。
何度も一番奥を突き上げられて、また大きな波が意識をさらいかけたその瞬間、私の中でソラのペニスが弾けるように射精した。
「んんんんっ………!!」
お腹の中であふれる精液の感触に、何度も身体が震える。
私は激しく絶頂しながら、ソラの指を血がにじむくらい強く噛んでいた。
それでも、ソラは文句一つ言わずに、いつものようにじっと私の身体を抱きしめるように支え続けていた。
ふさがれた口から、あふれた唾液がソラの指からその手に伝う。
大量の愛液が、熱い精液と混じり合ってあふれた。
ソラは服が汚れない程度に、私の中から肉竿を引き抜くと、それをコンクリートの上に垂らした。
「………バカ……出しすぎだ…」
「今日の先輩がスゴすぎなんですよ……なんか、しぼり取られる感じだったし」
そんな事を言いながら、離れようとしたその身体を思わずつかんでいた。
つかんでから、自分の行動に驚く。
驚いたが、それは不快じゃなかった。
その感情は、不思議と気持ちイイものだった。
「……もう少しだけ、このままがいい」
「イイけど。暑い……」
「ガマンしろ。商売ならともかく、射精して終わりだなどと思うな。馬鹿者…」
離さないように、きゅっとシャツの袖を握りしめたまま、私は少し顔を合わせないようにしながら言った。
見られたくない。
今の顔は、きっと失態だ。
私達はそういう関係じゃない。あくまで、ただのセックスフレンド。
それでいいのだ。
それがいいのだ。
「……何かあった? いきなりヤろうとかは、いつもの事だけどさ」
ソラは私を振りほどこうとはせずに、そんなことを聞いてきた。
いつもは恐ろしいほど鈍感なクセに、たまに異様に鋭い観察眼をしてるから侮れない。
「フフ。お前もそういう事が言えるのだな」
「………先輩。俺を何だと思ってるワケ?」
「冗談だ。そうだな――――少し、な。実は、兄が結婚してな。その新妻が新しい家族になった」
「その人と、折り合い悪いの?」
「いや。基本的に天然だが、許容範囲だ。その手のヤカラは、兄やお前で慣れてるしな」
「今、サラッとひどいコト言いませんでした?」
「事実だろう? このケダモノめ」
「…否定しませんけど、天然なのはお互い様でしょうが。もしかして、自分の事、良識人だとか勘違いしてません?」
「ほう。学園一の変人が、よくも私にそんな言葉を吐けるものだな」
ののしり合いながら、私もソラもその顔は笑っている。
欠陥同士のスキンシップは、どこか滑稽だ。
まるで、傷付けることでしか相手に触れることさえ出来ないバケモノ同士が、睦み合うような感覚。
どこまでが快楽で、どこからが痛みなのかさえあいまいで、傷付けているのか愛しているのかさえ分からない。
だから、私はソラとはこんな関係のままでいたいのかも知れない。
いくらでも取り返しがつくレベルの関係。
このままなら、私は自分を維持していられる。
「口唇期固着―――。確か、フロイトだかユングだかの学説だったな」
吸いかけだった煙草は、もうフィルターしか残っていなかった。
証拠隠滅にそれを集めながら、不意に思い出したそんな単語を、ソラに投げてみた。
「口唇期って、赤ん坊の時期?」
「そうだ。赤ちゃんの時に“口”が満足しないまま大人になると、いつまでもその時期――口唇期にこだわるようになるという説だ」
「つまり、スモーカーは潜在的に赤ちゃん野郎だって事?」
「そうなのかもな。私はキスするのも、口でするのも好きだしな」
「少し違う気もするけど。先輩のは、病的ってほどじゃないじゃん。俺もそうだけどさ、医学書とかと一緒で、程度のレベルを無視して症例だけ当てはめるんなら、世界中の全員が重病患者になるって理屈なんじゃないの? それって」
「そうだな。まあ、ただの言葉遊びだ。気にするな」
吸い殻を一箇所にまとめると、私はそれを無意味に積み重ねる。
「…いい加減、離れない? かなり暑いんだけど?」
気温と互いの体温と、あとセックスの昂奮がまだ残ってるせいか、私もソラも肌から汗がしたたり落ちるくらいに汗まみれになっていた。
まだ七月には届いていないというのに、風もなく陽も強い夏のような昼下がり。
暑いのには耐性のある私と違い、夏という季節そのものを憎悪するくらいに暑いのが苦手なソラは、少し困った顔のまま私を見つめている。
そんな顔を見ていると、もっといじめたくなるというものだ。
さっきの仕返しには丁度イイ。
「そう言いながら、私の中で硬くなってるモノは何だ?」
私の中で、ソラのが再び硬く膨張していた。
「そりゃあ、生理現象だし。仕方ないでしょ……」
悪びれもせずにそう言いながらも、ソラはまるで私の言葉を待っているみたいに、自分から離れようとはしなかった。
それが、少しだけ嬉しかった。
「セックスするのも、コミュニケーションだろう? 私とお前の場合、そっちの方が手っ取り早かった。だからこんなコトをしてるワケだ」
「……えっと、もしかして、さっきの話はこのフリってコト?」
「そうだな。今ここで満足させてくれないと、私はどうしようもない淫乱女になってしまうかも知れないな」
「そういうの、脅迫って言うんですよ? 知ってます?」
「お前が言うな。ゴムを付ける概念もないようなケダモノが」
「………」
「まあ、それに関しては、許してる方にも責任はある。それに、その方が気持ちがイイしな」
「……ねえ、先輩。話戻るけど、今日の先輩がいらついてるのってさ。嫉妬なんじゃないの? その、兄嫁の人に対するさ」
「嫉妬? 私が? あの女に?」
「良く分かんないけどさ、家族なんだろ? 先輩の兄さんって。だから、それを取られたからいらついてんじゃないの?」
ソラの言葉に、私はしばし呆気に取られて―――そして、笑い出した。
「先輩?」
「ははは……嫉妬か。それはとてもニンゲンらしいな………だが、分からん。そういうのは、私には良く分からん」
私は、目の前のこの男と同じだ。
生まれつき、私には欠けているものがある。
ニンゲンとして生きるのに、当たり前のもの。
だから、私はソラに惹かれたんだろう。
私と同じ、欠けているモノだから。
「もう一度、しよう。ソラ………」
「でも、次の授業―――」
それ以上は言わせなかった。
絡み合う舌の熱に頭の中が溶けそうで、あふれる欲望に歯止めがきかなかった。
結局、その日は放課後までずっと、そこでソラとセックスしていた。