―――組織というものは、あらかじめ「腐敗」の要素をふくんでいる。
だから、いかなる組織形態にも、万全や永遠なんてものはありえない。
システムの発展は、食べ物の発酵と同じ理屈だ。
発酵とは熟成。
そして、その果てにある究極の形は、腐敗と崩壊だ。
物質となんら変わりない。
人の作ったコトワリなんて、不完全で不安定なものだから。
そこに完全や永続調和なんてものが、入る余地は元々ない。
だから、人は揺らぐ。
本当に自分が依存していられるものを探して、揺らぎ続ける。
私が【猟人】をやめたのも、教師になって【監視者】の生活を送っているのも、私がいまだに揺らいでいるからだ。
かつて、魔女の後継と呼ばれた猟人はもういない。
そこには、私の依存すべきものが無かったから………
秘密結社の存在は、その名が示す通り公式には「秘密」になっている。
例の情報規制特定法案が、本当は何のために作られた法律なのか、多くの人間が知らないのと同じように、秘密結社の存在もまた、知るべき人間しか知らない現実だった。
【悪魔】を殺すための集団。
【悪魔】と戦うための組織。
【人じゃないモノ】を人知れず処理する謎の団体。
都市伝説には、そんなものもあるが、まさにそれが秘密結社という組織そのものだった。
とどのつまりは、“私達”のような人間が生きてゆくために、集まってそして互いに助け合っている構図―――システムだ。
金銭や物資、権力をうまく使うためには、集団であるのが一番効率がいい。
だから、今も私は組織に所属しているのだ。
そのサイクルの中で利用し、利用され、それでも生きていたいから。
「ね、お姉ちゃん」
「何? アズミ」
「お姉ちゃん。今日さ、本部行ってたの?」
私のベッドの上で、持ちこんだ漫画を寝そべって読みながら、アズミがそんなことを聞いてきた。
「行ってきたけど、それがどうかしたの?」
「いや。あの笑い男がさ、こっち戻ってきてるって話だったから。もしかして、ハチ合わせたりしたのかな~とか思って」
「してたら、アナタに美味しい晩ご飯なんか作ってあげてると思う?」
「…………それはないかにゃ。つーか、ゴメン。失言でした」
私が怒ると思ったらしく、いたずらをした猫のように、私の射程圏外へと逃れるアズミ。
本当に、可愛らしい義妹だ。
「怒ってないわ。会ってないしね」
「…会ってたら、こないだの続きとかしようと思ってる?」
「さあね。その時の気分次第かな。まあ―――鼻をへし折るくらいはするかもしれないけど」
「……私、まだそういう実感ないんだけどさ、ホントにそんなに激しいの? “相性”悪いと」
「さあ、どうなんだろ。私が単に、暴力主義者なだけなのかもしれないし」
「それは無いでしょ。だって、私、お姉ちゃんにぶたれたことも蹴られたこともないもの」
「それは、アナタをそうする理由がないからでしょ?」
「理由があったら、私も風原圭司みたいに、半殺しにするの? 素手で、病院送りにするくらい徹底的にさ」
その言葉に、かつての光景が脳裏に浮かぶ。
きっかけは、ほんのささいな言葉だった。
あの男の発したその言葉を、私は許さなかった。
そして、大勢の仲間の見ている前で、あのプライドの高い男を半殺しにした。
誰一人止める者もなく、代わりにその事実はその日の内に噂となって、本部中に知れ渡った。
止めなかった理由は、アズミいわく「止めたら殺されそうだったから」らしい。
多分、そうなのだろう。
だって――――実際に、そのつもりだったのだから。
「………多分、ううん―――絶対しない。アナタは女の子だし、それに……私の大事な妹だしね」
「“相剋”だと、そんなに嫌悪感が抑えられないモンなの?」
「そうね。そうなのかも。感情の歯止めが一切きかなくなるのよ。“相剋”は、それがかなり厄介なのよ。個人的に何とも思ってない相手でも、DNAレベルで拒否反応が起きて、“殺したく”なるの」
「でも、当の本人は、愛情表現の逆だとか思ってるみたいだけどね。ったく、オトコって何でバカなんだろ。好きの逆行動と、ヘドが出る嫌悪は全然違うってのに…」
「性別の問題じゃなくて、個人の問題でしょ。それは」
「そーかな? 時雨とかも結構バカだよ?」
「……ソラのは、そういうのじゃないわ。単に、天然なだけだし」
「ふーん」
「何よ?」
「時雨のコトは、かばうんだよね。いっつもさ♪」
「からかわないで」
「へいへい」
頭の良い彼女は、とっくに私の感情に気付いている。
だから事あるごとに、こんな風に私をからかう。
「………ねえ、アズミはそれでイイの?」
「にゃにが?」
「……………ソラの事」
きょとんとした顔で、私の言葉の意味を考えていたアズミは、不意に笑い出した。
「あははは。何ソレ? もしかして、私が時雨の事を好きなのかなとか思ってんの?」
「………違うの?」
「有り得ないから。例え、どんなにセックスが上手くても、死ぬほど気持ち良くても、そういう問題じゃないし。身体の相性だけでパートナーが決まるんなら、苦労なんかしないもの」
「そんな話はしてません。私が言ってるのは、気持ちの問題―――」
「心配しなくてイイよ。姉の恋路をジャマしたりしないし。それに、好きな人は他にちゃーんといるしね♪」
「だから、何の話をしてるのよ………もう」
せめてものお返しとばかりに、彼女の読んでいた漫画を取り上げると、それを元の場所に勝手に戻した。
「はいこれ、おみやげ。義母さんと父さんによろしくね」
代わりに、作りすぎた夕食をつめたものを手渡す。
「いつもすみませんにゃあ」
「…こっちは、お隣さんにおすそわけの分だから」
実家の隣には、彼――時雨ソラの家がある。
彼とは、そのせいで昔から顔なじみだった。
「相変わらず、マメなこって。んじゃ、私からもセンベツを差し上げましょうかにゃ」
「何なの? コレ」
アズミがどこからか取り出したそれは、派手なデザインの拳銃――のようなモノだった。
その重量と質感で、すぐに本物の銃ではない事がわかる。
「ビザールナース肉原みちる愛用の、メタボリックバスター。正式名称は“異常肥満体虐殺砲”」
アズミが口にしたその単語は、アニメか何かのタイトル名らしかった。
「……いや、そんな物騒なモノ、いらない」
「本物じゃないよ。ほら、例の“ガワ”が欲しいって言ってたアレ。グリップの横のこのスイッチを押しこむと―――ホラ、銃身が開くでしょ?」
その言葉通り、そのオモチャは“ガワ”としての機能を持った代物らしかった。
とどのつまりは「容れ物」ということらしい。
「ありがと。でも…アズミ、その趣味どうにかならないの? 別に個人の趣味をとやかく言うつもりはないけど……」
この子の趣味は、少し偏っている。
まるで男の子のようなその嗜好感覚は、時折、ついていけない時がある。
「何いってんだか。ブラックコメディは、お笑いの基本にして王道。そして、お笑いは人間文化の叡智と言っても過言じゃないんだから」
「言い過ぎでしょ? それは……」
「言い過ぎじゃありません。笑えばね、病気だって治るんだよ? お笑いはね、人類に必須のパワーなの、パ・ウァ・ァ。黒笑いは伊達じゃないのだよ♪」
知った風な顔でそう言うと、私の最愛の義妹は、いつもの極上の野良猫みたいな笑みを浮かべた。