―――六月二十一日 鶴伎町―――
檻の中は、快適だ。
私の為だけに作られたその座敷牢は、全ての入り口と壁に細工と仕掛けがほどこしてある以外は、とても上等な部屋だった。
例え、四六時中そこから出る事が出来なくても、不自由は一切無い。
「………んくっ」
思わずもれた声が、自分の声じゃないみたいだった。
めくられた着物の隙間にもぐった指が、勝手に動く。
頭の中が朦朧としていた。
夢の中で、何度も視た光景。
あの人の熱い感触が、私の中に入ってくる。
窓の外は灰色で、静かな雨にずっと煙ったままだった。
「……くーちゃん…………」
孤独は、心を枯れさせる。
普通の人間は、そういうものらしい。
なら、私はとっくに枯れ果てた花なのかも知れない。
何をしても、満たされない。
言いつけを破って、こっそり抜け出して、バカらしい血の狂宴に酔ってみても。
こんな風に、自分を慰めても。
何一つ埋まりはしない。
「んッ…………」
強い快感の波に震えて、はしたない声をこぼしながら達した。
そのまま、しばらく日向ぼっこをするみたいに、だらしなく寝転がっていた。
野良猫みたいな自分。みじめで無様だ。
自分の体液でべたべたになった指の感触が、気持ち悪い。
「……………………」
何で、この身体はこんなにも欲望にまみれているのだろう?
食べて、眠って、殺して、それでも足りずにこんな風に自分で自分をむさぼって、けれど満たされない。
何度達しても、そんなものはただの一瞬だけで、すぐにまたイヤな気分になる。
いっそ――――死んでしまった方がマシなのだろうか?
けどあいにく、そういう願望はなかった。
自分で自分を殺すには、「動機」が必要だ。
少なくとも、誰か「人間」を殺すのと同じくらいの強い動機が。
「お嬢様、入ります」
礼儀正しいノックの後、少し間を置いて鍵が外れる音がした。
そして、見慣れた顔が中に入ってきた。
「…………勝手に入らないで」
「入らなければ、お食事を運べません」
小春はいつものように口答えすると、温かい料理の乗った膳を食卓の上に置いた。
食欲は無かった。けれど、その匂いをかいだ途端、お腹が鳴った。
「……食事はいらないって、言ったでしょ?」
「お腹が空いていると思いましたので。いらないのでしたら、このままにしておいてください。後で下げておきますから」
私のお腹の音を聞いたクセに、小春はいつもの顔で微笑う。
この屋敷で、あのコ以外に唯一、私が気に入ってる人間。
元々は本家であの女に仕えていたという話だったが、そんな事はどうでも良かった。
少なくとも、彼女は私を怖れていない。
ただ己に与えられた「仕事」をこなす。それが彼女の任務で義務だった。
その割り切りが、どこか心地良かったのかも知れない。
「………少し、お腹減ったかも」
「それでは、今お食べになられますか?」
「…………うん」
私の返事に、小春は嬉しそうに微笑った。
―――私達は、「普通」じゃない。
比喩ではなくて、「種」として違っている。
「普通」の人間を、私達は【通常人類】と呼ぶ。
そして、私達自身を【エンジャ】もしくは「猟人」と呼ぶ。
「普通」じゃない私達は、「普通」の人間には出来ない事が出来る。それが【侵蝕】。
それは、この世界を侵す、害虫の力そのものなのだ………